仔狐、大切な人に出逢う

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仔狐、大切な人に出逢う

あたし、死んだの? ママに、建物がたくさんあるあの街には近づいちゃいけないって、ちゃんと言われてたの。 でも、夜はすごくキラキラしてて、おいしい匂いがして、たくさんの大きなニンゲンが忙しく動いてて……とっても楽しそうで我慢できなかったの。 だから、ちょっと街に出てみただけ。 すぐにおうちに帰るつもりだった、本当よ? でもね、大っきな何かが凄い勢いでぶつかって来たの。あたし、初めて空を飛んだ。 空を飛んでる時はなんだか気持ち良かったのに、すぐに地面に叩きつけられてからは最悪だった。だって、体中が痛いの。骨がバラバラになったみたいに痛くて、痛くて。足も、あたしの自慢のしっぽすらも全然動かない。 涙と血がたくさん出ていって、体がどんどん冷たくなっていくの。寒くて、恐くて。 ママ、ごめんなさい。 言い付けを守らずにおイタをしたから、バチがあたったのかな……。 寒い、寒い……恐いよう……。 意識が朦朧としてきた時、なんだか体がフッと軽くなったの。 あ……、あったかい……。 「大丈夫か?」 ニンゲンの、男の人……? 「可哀相に。この辺に動物病院あったかな……あ、結構近い。頼むから頑張ってくれよ、チビ」 労るような優しい声。何言ってるのかは分からないけど、とっても心配してくれているのは、声で、雰囲気で、感じとれる。ママも、きっと心配してる……。 あたしを抱き上げたニンゲンの男の人は、あたしを揺らさないように気をつけながら走り出した。 この人、優しい、いい匂いがする……。 体温がすっかりなくなってしまったあたしの体に、この優しい人の体温だけが熱として伝わってくる。 ああ、あったかいなぁ……。 ありがとう、優しい人……。 そのまま意識を失って、気がついたら体がふわふわ浮いてたの。なあに?これ。初めての感覚。 「残念ですが……」 まっ白な服の、ひげの人が悲しそうな顔で言う。何が残念なんだろうって思ったけど、その人が見ていたのは、ボロボロになった仔狐の亡骸だった。 「……っ、ありがとう、ございました」 ひげの人にお礼を言ったあと、涙を落として、可哀相に……と泣いている男の人は、仔狐の小さいボロボロの体を優しく撫でた。服も汚れて血がついてしまっているのに、そんな事気にも留めずに。 ああ、この人の優しい声、優しい匂い。 あたしを抱き上げてくれた人……。 そうして、やっと理解した。 あの台の上のボロボロの仔狐って、あたし……? あたし、死んだの? そう言えば、ふわふわ浮いてるし。 そうだ、さっき、ニンゲンが何を言ってるかだって、あたし分かった。きっとあたし、死んじゃったんだ……。 急に悲しくなってしまって、くすんくすんと泣いていたあたしは、どうしたらいいのか分からなくって、とりあえずこの優しい人についていく事にしたの。 だって、この優しい人の傍にいると、ちょっとだけ安心するんだもん。 誰もいない暗い夜道を歩いて、やっとついたお家はとっても大きくて、扉がたくさんならんでいた。ガチャガチャと音をさせてから、扉がゆっくりと開く。 そのとたん、物凄い悪臭が鼻についた。 何か、いやぁなヤツがいる! 全身が総毛立つこの感じ。あいつだ、部屋の隅にいる黒い影。それは、明確にあたしの優しい人に対して悪意を放っていた。 それを感じとった時、あたしの中に初めて、ふつふつと闘争心が湧き上がってきた。 この優しい人を傷つけようだなんて、許せない。 あたしは黒い影に、唸りながら牙をむく。 指一本触れさせないんだから! あたしがあのまま成仏出来なかったのにだって、きっと意味がある筈。あたし、この優しい人を守りたい。 だって、助けようとしてくれた。今度はあたしが助ける番だと思うの。 あたしの力なんて、ちっぽけだけど。 見ていて、あたしが絶対に、あなたを守るから。 その決意がこの優しい人を恐怖に陥れる事になるだなんて、この時のあたしには、もちろん想像なんか出来ていなかったの。
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