二月の朝

2/4
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 スラックスの右ポケットに振動を感じた。最寄り駅の上大岡から職場の品川へ向かう上り電車はこの時間帯が通勤ラッシュのピークで、足のやり場さえも困る満員電車の中、二、三回周りの人に肘打ちしながら何とかスマホを取り出す。 (どうせやり場に困るなら、足じゃなくて目が良いんだけど)  そんな文句を飲み込んでメール通知を開くと、佐奈子からのものだった。 『聞き忘れた 今日晩ごはんいる?』  そういえば伝えていない。今日は残業がほぼ確実だった。 『いい忘れた 今日はおそいから大丈夫』  また周りから睨まれるのも嫌なので、返信が済んだ後もスマホは目的地まで持ったままにすることにした。何とはなしにニュースサイトなど開いてみても、混雑のせいかいっこうに繋がらない。あきらめてふと視線を上げると、荷物置きの網棚の上に並べられた車内広告が目に入った。 『入試問題に挑戦!あなたは解ける?』 『駅から徒歩4分 海を望むタワーマンション』 『家族で楽しむ春の沿線スタンプラリー』  文章など読むはずもなく、所在なくただ視線を向けていただけだったが、ひとつの広告に視線が止まる。 『何度も思い返すはずのその場所を ブライダルフェア』  ウェディングドレスを身にまとった女性が微笑む、結婚式場の見学会広告。女性が着ている青みがかったドレスは胸元より上が露出したいわゆるビスチェドレスで、身体の輪郭をそのままなぞったようなマーメイドラインが続いている。プロポーションもモデル相応で、前かがみのポーズをとるその姿は週刊誌の表紙を飾るグラビアアイドルにも見えてくる。 (……目のやり場にも困れたな。いちおう)  結婚式場の広告なのに胸元を強調するポーズはどうなんだ……などと一応ケチをつけてみても、視線はついつい広告ポスターへ吸い寄せられて、誰が見ているわけでもないのになんとなく周りの目を気にしてしまう。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!