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その紳士は少女の父親より一回りも歳が離れていたが、少女の教養の深さを見抜いていた。
少女に魅せられた男たちはひたすらその柔らかな身体を貪ったが、紳士は少女にこう話しかけた。
ーーー君はいつも何を見つめているんだい?
と。
紳士はそれから現在に至るまで、毎夜の如く少女に神話の語りをせがんだ。
少女はバイオリンのような甘い声でペルセポネの哀しさを奏で、慈しむようにカストルとポルックスの絆を詠い、ときには面白おかしく牧神の滑稽な失敗を語った。
紳士は安楽椅子に座り目をつむって、満足そうに少女の声に耳を傾けるのであった。
少女自身を求めることもあったが、決して無理強いや乱暴はしなかった。
むしろ少女にコテージを用意し女中まで一人付けるという破格の待遇だった。
少女は紳士に、そして父親に深く感謝した。
少女は毎朝マットレスに羽毛をいれた、寝心地の良いベッドで起床する。
すると女中が目覚めの紅茶を運んできてくれる。
クローゼットにはドレスが溢れかえり、1日に何着でも着替える事ができた。
豪華な食事は好きなだけ食べられ、外出時はいつでも二頭立の馬車に乗っていた。
女中との仲も良く、紳士は時間の許す限り一緒にいてくれた。
まさに、天にも昇るような幸せな日々だった。
だが、その一方で少女は自分を呪った。
だれもが夢見る生活をしておきながら、少女の心は満たされることはなかったのである。
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