天窓の追想

7/9
前へ
/9ページ
次へ
その紳士は少女の父親より一回りも歳が離れていたが、少女の教養の深さを見抜いていた。 少女に魅せられた男たちはひたすらその柔らかな身体を貪ったが、紳士は少女にこう話しかけた。 ーーー君はいつも何を見つめているんだい? と。 紳士はそれから現在に至るまで、毎夜の如く少女に神話の語りをせがんだ。 少女はバイオリンのような甘い声でペルセポネの哀しさを奏で、慈しむようにカストルとポルックスの絆を詠い、ときには面白おかしく牧神の滑稽な失敗を語った。 紳士は安楽椅子に座り目をつむって、満足そうに少女の声に耳を傾けるのであった。 少女自身を求めることもあったが、決して無理強いや乱暴はしなかった。 むしろ少女にコテージを用意し女中まで一人付けるという破格の待遇だった。 少女は紳士に、そして父親に深く感謝した。 少女は毎朝マットレスに羽毛をいれた、寝心地の良いベッドで起床する。 すると女中が目覚めの紅茶を運んできてくれる。 クローゼットにはドレスが溢れかえり、1日に何着でも着替える事ができた。 豪華な食事は好きなだけ食べられ、外出時はいつでも二頭立の馬車に乗っていた。 女中との仲も良く、紳士は時間の許す限り一緒にいてくれた。 まさに、天にも昇るような幸せな日々だった。 だが、その一方で少女は自分を呪った。 だれもが夢見る生活をしておきながら、少女の心は満たされることはなかったのである。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加