幸運

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 どれくらいの時間、酸素を吸わないと耐えられなくなるのか試したくて、海に深く潜って息を止めてみたこともあった。  頭を割った時の痛みを知りたくて、マンションの階段から飛び降りてみたこともあった。  火事が起きた時だって、本当は気付いてた。見物人やら消防隊やらの騒がしい声が聞こえたし、建物が焼ける匂いも鼻まで届いてた。あんな状況じゃ嫌でも目が覚めてしまう。  逃げようと思えば逃げられたけど、煙に包まれた苦しみが気持ちよくて、僕は起きずに部屋に横たわっていた。  褒められない行為なのは解ってる。それでも、無差別に他人を攻撃する通り魔なんかに比べれば、よっぽど健全で可愛いものだ。傷付けてるのは自分だけだし、何より僕は満足してる。  だって、どんな危険な目に遭ったって、僕はこうして生き永らえているんだ。一回だけならまだしも、これが十数回と続けばもう疑う余地はない。僕は幸運だ。だからギリギリの場所まで“死”に近付いても生きていられるんだ。 「ははっ……」  次は何を試そうか。遅効性の毒でも飲んでみようか。樹海で首でも吊ってみようか。あるいは、水や食糧やコンパスを持たずに手ぶらで山奥を彷徨ってみようか。挑戦してみたいことは、星の数ほど思い付く。 「あはっ……あははははははっ!」  もう想像するだけで笑い声が溢れてしまった。  どんな痛みと苦しみを経て自分を死の淵まで追いやるか。それを考えて実行するのが誰にも言えない僕の趣味。密かな僕の楽しみだ。
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