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『うぐっ?!』
彼女は唐突に僕の口の中に自分の持っていたクレープを突っ込んだ。思わず咳き込む。
『どうよ』
『甘っ……』
『あたりまえじゃない』
口のはしについたクリームを拭いながら、彼女を睨む。腹の底から沸き上がってくる吐き気。
『そのまんまだとあんたいつか死ぬよ』
飲み込む。
『……わかってる』
最近は、死ぬことしか考えてない。
『……言われたんだ』
『はあ』
『おまえは家の恥だって。ただ飯食ってるだけの要らない存在だって』
『それ聞いたの36回目』
『……もうそんなに言ったのか…………』
『もうやめなよ』
口元へ向かう腕をぱしりと止められた。
僕を見る瞳は迫真に迫っていて。
『……何を?』
『その壁は、見上げるものじゃない』
窓が開いていたのか、入ってきた風に彼女の髪が靡く。黒く、長い髪が僕の視界を隠す。
一瞬。
『……君にはそれが簡単なことだったね』
カーテンが元に戻る頃には、彼女の顔は黒に塗りつぶされていた。
僕は他人を見分けられない。その中で唯一光だったのが君だったのに。
『僕にはそれがどんなに難しいことか、君にわかるものか』
この手は強くなるばかりで、何ひとつ掴むことはなかった。
そういう設定の夢。
そういう夢。
僕には君の顔はわからない。
名前も、わからないさ。
これは夢だから。
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