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そして2日後の朝、それは確信に変わった。
廊下で顔を合わせた春樹が、まだ眠そうなボンヤリした声で隆也に伝えてきた。
「ほら、一昨日行ったマックの近くに書店があるだろ? あそこに昨日寄ったらさ、店長さんが僕の制服見てこう言うんだ。
『君と同じ学校の男の子を昨日万引きと間違えてしまった。もしその子を見つけたら、本当に申しわけ無かったと伝えてほしい』って。そんな話、聞いたことある?」と。
隆也は、まだ心の隅でくすぶっていた苦い大きな塊がスッと跡形もなく蒸発した感覚を覚えた。
ミントのような清涼感を残して。
目の奥がジンと熱くなり、思わずその友人に抱きつきそうになるのをぐっと堪えるのに苦労した。
自分の中にあった厄介なプライドは、傷つけられる事無く自分の中に残った。
たぶんあのままだと一生忘れることのない傷になるはずだった。
誤解が解けたことは春樹のおかげではないし、すべて偶然だったのかもしれないが、隆也はそれ以来春樹をとても大切な友人だと思うようになった。
そう思わずにいられない何かが春樹にはあった。
その年の秋、春樹の家族が春樹を残して全員亡くなってしまう、あの悲惨な火災が起きたあと、それは隆也の中で更に強く、大きくなっていった。
隆也がドアホンを押すと、ほどなく春樹はカチャリとドアを開け、眠そうに目を擦った。
「あれ? どうしたの隆也。こんな時間に」
声は眠そうだが、春樹はちゃんと出勤の身支度を整えていた。
堅苦しいスーツでは無かったが、すらりとした体躯にスラックスとボタンダウンのシャツ姿の春樹は、とても大人びた感じがした。
「寝込みを襲いに来たのに」
「遅かったみたいだね。もう出かけるところ」
「親友が来たってのに行かなきゃなんないの? 辞めちゃえよ、そんな職場」
そのメチャクチャな提案に春樹は声を出して笑ったが、それはけっこう隆也の本心だった。
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