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「相変わらず隆也は、僕の仕事が気に入らないみたいだね」
高校の時、女子がいつも羨ましがっていた質のいい髪をくしゃっとかき上げながら、春樹は笑った。
「何回でも言うよ。春樹は頭良いんだから大学に行くべきだ。なんだってこんなヤクザな仕事なんか」
「今、世の中の探偵業従事者を全部、敵に回したよ? 隆也」
「いいよ。俺はそんなところ、一生世話になんないから」
「ねえ隆也。朝からそんな話ししに来たの?」
春樹はさすがに少し困った顔をして隆也を見た。
この、何を言っても許してくれる友人と一緒に過ごしてきたお陰で、隆也はさらにズケズケ物を言う性格になってしまった。唯一の弊害だ。
けれども自宅には、そんな口の悪い隆也よりも更に口が悪くて豪快な「母親」という名の天敵がいて、日に3度は衝突する。
そして、その天敵と言い争いをすると決まって春樹に会いたくなる。
ただ頷いて喧嘩の内容を聞いてくれる友人の薄茶色の目を見てるだけで、隆也は不思議と癒され、穏やかな気分になるのだ。
「あ、そうか。またおばさんと喧嘩した?」
「ちがっ……」
春樹の言葉を素早く否定しようとしたちょうどその瞬間、左手方向、2軒隣の部屋のドアがバンと開き、ドサッとゴミ袋だけ外に出され、再び閉められた。
隆也は反論も忘れて眉を顰め、しばらくそのドアをじっとりと睨んだ。
その部屋の持ち主は知っている。
戸倉美沙。
どういう訳かこの部屋の2軒隣という信じられない近さに住んでいる、春樹の上司だ。
さすがにこればっかりは春樹には内緒だが、本音を言うと、隆也はその女が苦手だった。
美人だとは思うが、ひどくガサツでだらしない。
一度開けっぱなしの部屋をチラリと見てしまった事があるが、男の自分だってあんなに散らかすことは出来ないというほど散らかっていた。
春樹の部屋から帰るとき、泥酔して千鳥足の美沙にバッタリ出くわしたこともあった。
つまり酒癖も悪いのだ。
そういう女はきっとどこか破綻してるし、男にもだらしないと隆也は思っていた。
家族ぐるみの付き合いだったこともあり、春樹は彼女を信頼しているようだが、大学を諦めて就職した先の上司としてふさわしい人物だとは、隆也には思えなかった。
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