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妻は、私の話を最後まで口を挟まず黙って聞いたが、静かな声で切り出した。
「あなたがお決めになったなら、私は従うまで。ですが、私のために大好きなお仕事を辞める、と仰有るならお辞め下さい。貧しくとも夫婦二人で暮らして行くくらい、何とかなりますでしょう。子どもが出来たら、その時考えましょう。幸い、私は健康には自信が有りますから何とかなります。ですから、よくよく考えて下さいね」
にっこり笑った妻に、私は頭が下がる思いだった。片親……母の細腕で育った私は女性に弱い。その母も私が18歳で他界し、それからは日々の暮らしを過ごすので精一杯。そんな私は当然金が無い。そんな所に嫁に来てくれるだけで、有難いのに、妻は貧乏でも好きな仕事を続けてくれ、と言ってくれる。
こんな女性が居てくれるのか。
そう思えば、私は奮起した。ここまで言ってくれる妻の為に頑張らなくてどうする。何がなんでも作家で身を立てる。と、決意したのが天に通じたのか、最後だ、と思って精魂傾けて執筆した甲斐が有ったらしく、最後の作品のつもりで書いた作品が、編集者に褒めて頂き、更に出版されると、初めて増刷してもらう事態に発展した。
人生、何が起こるか分からない。
とは言うものの、妻は私の幸運の女神かもしれない。と本気で思ってしまったのは仕方がないだろう。
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