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しばらく、妻が居ない実感も湧かず、ぼんやりしていた私を見るに見兼ねて、娘達が自分達の家に来い。と言ってくれても、私は頷けなかった。娘達は、心配の表情だったが、腐っても作家の私を、作家仲間や編集者が放って置かず、何くれと世話を焼いてくれた。
そうして私は立ち直ったのだ。
妻が亡くなってから、思い出を振り返る事は有っても、それを文章にしたいと思った事は無かった。だが、今は、思い出しながら文章を書いている。おそらく、そういう時期なのだろう。
目を閉じて、じっくりと言葉を探す。どんな言葉が相応しいか。どんな言葉を使うのが、今の私の心境なのか。
そうして取り組んだエッセイとやらを完成させた時、これは喜んでもらえるな、と確信した。誰に? 妻に、だ。妻が生きていたら間違いなく喜んで読んでくれただろう。そして、控えめな笑顔を浮かべて、頷いて言うのだ。
そうですね。こんな事も有りましたね。こういう家族でしたね、と。
「良い冥土土産が出来ました。そちらに行った時に話をしますから聞いてくれよ」
執筆する机の上に置いてある妻の写真に私は話しかけた。妻が、ええ、楽しみに待っていますね。と笑いかけてくれた気がした。
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