第15章 引き続き、拝島くんとわたし

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ちょっと複雑な思いでそんな二人を見送る俺の方を真砂がちらっと軽く見やった。短く答える。 「…あたしの大切な人だから。この人は」 俺は不意を突かれた。絶句する俺にきっぱり背を向けて、真砂はさっさとドアを開けた。 「だからいいの、桐子にあげるの、彼は。…さ、あんたの部屋へ行こ。あんたにはあたしがお似合いよ。お互い普通のテクニックじゃ今ひとつ物足りないでしょ。今日はどんな風でいく?」 「待てよもう、そういう問題じゃ…」 市原の奴は途中まで言いかけて俺の方に視線を向け、ふっと片頬を緩めた。…しまった、表情。 今俺、どんな顔してたんだろ…。 二人が行ってしまった後も、少し片付かない思いでしばらくぼんやり佇んでしまった。 桐子が何故か真砂のことを尋ねた時、俺の頭を掠めたのはそんな記憶だった。何とも複雑な気持ちを押し隠し、素知らぬ振りでやり過ごそうとする。と。 彼女は真砂の仕事の話を始めた。 思えば事件前、彼女は何かというと微に入り細に渡ってその手のことの詳細を聞かされていたんだった。何かの拍子にその記憶が蘇ったのか、その話を淡々と続ける。でも、様子が変だ。 目が少し霞んだように焦点が合っていない。声のトーンも一本調子で平板だ。十人以上で、とか、身動きできないよう抑えつけて無理やり、とかいう言葉が聞こえてくる。俺は身体を硬くした。 フラッシュバックだ。…でも。 何が引き金になったんだろう? その日既に彼女にしたことの諸々が頭をよぎる。最近は桐子の過去のことも忘れて、彼女の身体を遠慮なく思うように享受していた。その行為のどれかが彼女の塞がれた記憶の蓋を開けてしまったんだろうか。 思い返すほどに彼女の身体を愉しんでしまった自分への自責の念にかられる。更に犯罪そのものとしか思えないセックスの詳細を語ろうとする桐子を思わず強く遮った。彼女が怯えたような目を俺に向けた。 …俺のことを怖がっている。 愕然とした。やっぱり俺のしてることは桐子を傷つけていたのか。俺が彼女にあれを思い出させたんだ。それが何かはわからない。でも。 俺には前科がある。初めて二人でした時、身体を弄り回して彼女を泣かせてしまった。あの時と同じだ。 彼女は怯えたように椅子から立ち、逃げるように寝室へ去った。俺を怖がってると思うと、こっちも怖くてとても追えない。小さい声でおやすみ、と声をかけるのがやっとだった。 翌朝彼女はもういなかった。
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