第15章 引き続き、拝島くんとわたし

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その日以来、俺はなるべく意識して桐子に声をかけるようにし始めた。 真砂を通じて彼女が夜一人で部屋で過ごすことに不安を抱いていることを知り、とにかく緊急避難的に安全な寝場所を提供するつもりで合鍵を渡したわけだが、その時点ではそれ以上のことは何も考えていなかった。ただ安心できる場所でゆっくり休んでいれば、いつかは傷も癒えて立ち直れるだろうと。 自分が積極的にそれに関わろうというつもりでもなかった。彼女とそこまで親しくもないのに、自分が働きかけることで助けになれるなんておこがましいような気がして。 でも。あの夜ふと感じた。何もしないより、少しでも声をかけてそばにいる、と感じさせることも無意味じゃないんじゃないだろうか。 勿論特に何か力になれるわけでもない。だけど彼女を部屋で一人きりで放置したままなのがいいとは思えなくなってきた。俺は可能な限り彼女の出勤時間には目を覚まし、一言でも声をかけるようにした。それが高じて起き出して送り出すようになり、終いには朝食を一緒に作って差し向かいで摂るようになった。 俺はあまり口が滑らかじゃない。慣れるまではただ黙々と静かに食事するだけだった。だんだんお互いの存在に馴染んでくると、二人ともリラックスできるようになり、他愛のない会話も出始めた。 今思えば彼女だって多少は緊張していたんだろう。俺だけが硬くなっていたわけじゃない。少しずつ時間をかけて、俺たちは互いに自然な落ち着ける相手になっていった。 尤もそれは表面上のことだけだったかもしれない。いや、彼女の方は確かに緊張や意識がとれて、安らいだ表情を見せてくれることが増えた。だけど俺の方はとてもじゃないがポーカーフェイスを取り去るわけにはいかない。 俺は年甲斐もなくどぎまぎしていた。 最初は桐子の歳を知らなかったので、二十代半ばくらいかと思ってた。一方俺は四十一。二十歳は違わないだろうが、下手したらそれに近い歳の開きだ。 だから合鍵を渡した時も、保護者のような気持ちでしかなかった。歳下過ぎてそんな目で見るのは気が引けたし、何より危険を認識しながら守りきれなかった負い目を感じていた。 断じて恋愛の対象だなんて意識はなかった。だからこそすれ違いとはいえ半同居生活を申し出たりできたのだ。 しかしたびたび彼女と顔を合わせ、言葉を交わすようになると、自分の認識の甘さを思い知らされた。
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