第16章 振り切る

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「これを拒んだらもう、桐子さんとはつきあえないんだってわかりました。彼女はあなたと一緒にいる覚悟を決めたから、この話を俺に持ちかけたんだって…。だったら受けるしか選択肢はないし。それに」 わたしは魅せられたように真剣に訥々と語り続ける修介の横顔を見ていた。向かいの拝島くんもじっと彼に見入ってるのがわかる。でもそっちは怖くて見られない。 「桐子さんがそうしたいことは可能な限り受けようと思ったんです。彼女は俺とあなたのどちらも今、選べないんだって。二人のどちらとも離れたくないんだ。だったら俺が逢えない間他の人といるくらい何とでもなる。今までどこに居て、どんな風に暮らしてるのかも知らないまま離ればなれだったことに較べたら大したことない。彼女がそれで幸せならいいじゃないかって思いました」 「でも、それじゃ」 思わず声が出る。二人のうちどちらにともなく言葉が溢れ出る。 「わたしだけはそれでいいかもしれないけど。…あなたたちには何のメリットもないじゃない。そんなことを受け容れて何のいいことがあるの?遊びならそれもありかもしれないけど。もし…、真剣だったら。将来どうなるかも全然わからないんだよ。そんなんじゃ結婚もできない、子どもも産めない。確かな未来なんて何もないじゃん」 「お前、結婚したいか」 拝島くんが抑揚のないいつもの声でストレートに尋ねる。わたしは首を横に振った。 「今は…。こんな状態じゃ。そんなこと、まだ全然考えらんない…」 「じゃあいいじゃないか、今はこれで。選べない時に無理に選ぶことない」 拝島くんはあっさり片付け、コーヒーを一口飲んだ。 「それに思うんだけど、現実問題こんな状態はいつまでも続かないよ。最初はこれでいけると思っても、そのうちだんだんバランス取れなくなってくるんじゃないかな。どっちも同じくらい好きだと思っててもいずれどっちかに比重が偏るかもしれないし。逆に俺たちのどっちかがこんなことには耐えられなくなって脱落するかもしれない。先のことは全然わからないよ。そうなったらその時また考えればいい。今はとりあえずこれで、ってことだと思えば。こんな状況が十年二十年も続くことはないよ」 「そうかな」 わたしは俯いてため息をついた。バランスが崩れた時もそれはそれで怖いけど…。 「尤も俺は脱落する気はないから、全然」 拝島くんが声の調子も変えずに平然と言い放った。
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