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「その子、田原くんが言ってた彼女さん?」
「え?はい」
「事故してから田原くんが過保護してるって子だよね」
「過保護って……」
「まあ、俺も彼女が事故して大変な目にあってたらそうなると思うから田原くんの気持ちは分かるよ。心配なら休憩室に彼女連れて行ったら?」
「え?でも紗綾は従業員じゃないし……」
「スタッフ皆知ってるじゃん。田原くんが顔面蒼白になってた事も、彼女の病院にずっと通ってた事も、彼女を心配してる事も全部。だったら誰も何も言わないでしょ」
店員さんは笑顔を私に向けてくれた。
「また一人で帰ってる最中に何かあったら田原くんが壊れるから、彼女さんは大人しく後ろで待ってて」
「え……」
「田原くん、彼女さん連れて行きな」
店員さんが睦月くんの代わりにお客さんから注文を聞いている。
他の店員さんも笑顔で手を振ってくれた。
睦月くん、バイト先で何を言っているの。
私は恥ずかしくなりながら睦月くんに後ろの部屋に連れて行かれた。
「怖くなかった?」
椅子に私を座らせて心配そうに睦月くんが首を傾げた。
「久しぶりだったからちょっと怖かったけど、大丈夫だったよ」
「気分悪いとかない?」
「平気。流石に悪いから一人で帰るよ」
「ダメ。俺が終わるまで待ってて」
「でも……」
「何かあってからじゃ遅いんだから。言う事聞かなかったらどうなるか、分かるでしょ?」
その目は獲物を狩るような目で、少しぞくっとした。
「一人で帰ったら許さない」
私に軽くキスをすると睦月くんは悪戯に微笑んでお店に戻った。
な、何をしているのあの人ー!!
赤くなりながら顔を押さえる。
こうして心配してくれる人がいるっていうのは、幸せな事なんだな。
そう感じながら私は手に持ったカフェモカを一口飲んだ。
特にやる事もなくて暇になってしまった。
ボーっとしていると眠気が襲ってきて、私はそれに抗うこともなく目を閉じた。
机に伏せて寝る体勢になる。
外に出て緊張したのか、あっさり眠ってしまった。
どれだけ眠っていたのか、休憩室が少し騒がしくなって目を開けた。
「紗綾に手 出したら先輩首絞めますから」
「出してないじゃん。でも、こんな場所でこんな美人ちゃんが寝てたら放っておけないでしょ?ちょっと俺の中の悪魔が囁いちゃってさー」
「先輩」
「冗談だって。怖いよ、田原ちゃん」
目をこすりながら起き上がると私の隣に睦月くんが座っていた。
前には知らない人。
睦月くんと同じ制服を着ている。
「あ……」
「おはよう、紗綾。こんな場所で寝るなんて、危機感ちゃんと持って」
「ご、ごめん……」
「危うく、この女好きの先輩に襲われる所だったんだから」
「女好きは酷いなー、田原ちゃん」
目の前の男の人は特に気にした様子もなく笑った。
睦月くんはため息をついた。
「もう仕事終わったから一緒に映画行こう」
「うん」
「いいなー、今からデート?良かったね、今日は田原ちゃんの事引き止めるような客いなくて」
「紗綾が不安になるような事言わないでもらえません?俺は一切お客さんと連絡先交換とかしてませんから」
「真面目だね、相変わらず。それだけ彼女の事好きって事?」
「そうです」
睦月くんはそう言うと私の手を取った。
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