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睦月くんに抱き締められる。
震えながら涙が止まらない。
この道路で起きた事がずっと頭の中に流れてきて気持ち悪くて。
「助けて……睦月くん……っ」
そう言うと睦月くんに痛いくらいに抱き締められた。
警察の人は周りの人に何か連絡をして、そして私を病院へと送ってくれた。
次から次へと思い出される記憶。
睦月くんの事も、ベルちゃんや深紅くんの事も、仁坂さんの事も、そして自分自身の事も全部思い出してくる。
病院の先生が言っていた通り、一度記憶が戻ると簡単に戻ってきた。
ただ、一度に戻ってきた記憶に耐え切れなくて私は倒れてしまった。
あの日から警察の人は私を保護してくれている。
病院にも毎日来てくれる。
事件性を感じたからだそうだ。
「記憶は戻りましたか?」
女の刑事さんが優しく問いかけてくれた。
私は隣にいる睦月くんを見てから頷いた。
「はい……」
「では、貴女の事を聞きます。思い出したことを話してください」
「私は、園原紗綾です。母と二人暮らしで、父は小さな時に離婚してから会っていません。彼は田原睦月くんで、私の婚約者です。彼は大学生で、私は会社に勤めています」
「そのくらいで大丈夫ですよ。では、あの日に何があったのか教えてもらえますか?」
そう聞かれて私は睦月くんの手を握った。
「大丈夫だよ」
「睦月くん……」
「警察の人も紗綾に無理に聞いたりしないから。怖くなったら話さなくていいし、俺はずっとここにいるから」
私は睦月くんに頷いてから深呼吸をした。
「あの日は、ベルちゃんや久篠くんがマンションに遊びに来て……。私は家事を済ませようとしていました。そしたら洗剤が切れていて、私は睦月くんが一緒に行くと言ってくれましたが断って一人で買い物に出かけました」
「洗濯を買いに行くまでは何もありませんでしたか?」
「はい。特に何事もなく買い物を済ませて店を出ました。早く帰ろうと家路を急いでいたら目の前に……」
仁坂さんの顔を思い出して身震いする。
そんな私の肩を睦月くんが抱いてくれた。
「大丈夫。一回深呼吸しよう」
優しい言葉に深呼吸をする。
だんだん落ち着いてくると私は睦月くんに笑いかけた。
「大丈夫ですか?一度お二人にしましょうか?」
「いえ、平気です。ありがとうございます」
「分かりました、では続けます。帰り道で誰に会いましたか?」
「……仁坂音夢さんです」
その名前を聞いて睦月くんが目を見開いた。
「その方はどういった関係の方ですか?」
「彼女は睦月くんが通っている大学の学生です。睦月くんが前に入っていたサークルの友達です」
「なるほど……。失礼ですが田原さん。その仁坂という女性とは何かありませんでしたか?その方に好意を寄せられているような感じは?」
刑事さんは睦月くんの様子を見ている。
睦月くんは頷いた。
「俺は、仁坂から告白された事はあります。断ってからもしつこくつきまとってきている感じでしたけど、そういった事は日常茶飯事だったので特に気にしていなくて……」
「なるほど、大丈夫ですよ。田原さんが悪いわけではありませんから。カッコいいというのは大変ですね」
優しくそう言って微笑んでくれる刑事さん。
私と睦月くんはホッとした。
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