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――マズイ……どうやってこの場を切り抜けよう。
「へぇ~その服、素敵ですね」
「あ、ありがとうございます」
「あれ、声少し変。風邪ですか?」
「ええ。少しだけ……」
今、俺の目の前には一人の女性が立っている。背が高くて、綺麗に切りそろえられた長い黒髪が印象的な清楚系の美人――そんな人が、わざわざ俺のことを褒めてくれている。普通に考えたら、かなり嬉しいシチュエーションと言えるだろう。だが……
――もう分かったから早く帰ってくれ。
俺は愛想笑いを浮かべたまま、心の中でもう一度彼女に向かって叫んだ。
普通に考えたらかなり嬉しいシチュエーションのはずなのだが、この日は少し事情が違っていた。
「え~でも本当に女の子らしくて素敵です。とても似合ってます」
そう言って彼女はニコリと笑った。
「ハハハ、あ、ありがとうございます」
俺もなるべく不自然にならないようにして、そう答えた。
言っておくが、俺の性別は男だ。それは間違いない。
じゃあ、何故彼女は俺のことを女だと思っているのか? そして何故俺は彼女の言葉を訂正しないのか?
答えは簡単だ。今俺が着ている服が女性ものだったからだ。
服だけじゃない。化粧をし、ウィッグを被った俺の外見は女性に見えているはずだ。
そう。今の俺を見て女性だと思うのが普通なのだ。寧ろそう思われないと困る。
いや待ってくれ。違うんだ。これは何も俺に女装癖があるとかそういうんじゃないんだ。俺は純粋に仕事として女性のファッションに興味があるのだ。
実は俺はファッションデザイナーをやっている。といってもまだまだ駆け出しぺーぺーで今は事務員の青年(宮本君)と一緒に、手狭な事務所で細々と下請けをやらせてもらっているだけなのだが……いつかは自分のブランドを手掛けたいと思っている。そういうわけで目標に向かって仕事が終わってから、夜な夜な一人、自作ブランド服を作ってみたりしている。
きっかけは些細なことだった。
当時流行っていたスカートにインスパイアされた俺は、初めて女もののスカートを作ってみた。自分でもなかなかの自信作が出来たと思ったものの、初めての女ものということもあって、外見だけでは如何せん確信が持てなかった。
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