物書きの血

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私が小学校高学年から小説を書いていたことを父はたぶん知らない。 小説で世界を変えたいと思っていた。 今にして思えば随分大それたことを考える小学生だった。 冒険小説やSF、ファンタジー。毎日、日常生活とはかけ離れた世界を頭の中で作り上げていた。 読むのは1番好きなのに、書くのは1番難しいのがミステリー。 どうすればいいか考えた私は、おかしな結論に至った。 「弁護士になる。」 そんなことを言い出した私に、父は嬉しそうな顔をした。 法学部まで行って司法試験に落ちた私は、やっと間違いに気づいた。 なりたいのは弁護士じゃなくて小説家だったんじゃん。 私はまた父を失望させてしまった。 私は生まれた瞬間に父を失望させた。 男の子じゃなかったから。 「なんだ。女か。」 その一言を残して父は私の顔も見ずに病院を出て行った。この話は親戚の間では語り草だった。 幼い私の耳にも容赦なく入ってきた。 だから、小学校時代の私は刈り上げ頭にGパン。 知らない人にはいつも男の子に間違われていた。 それが嬉しかった。 勉強もスポーツも頑張った。父に褒めてもらいたくて。 柄でもないのに立候補して学級委員を務め続けたのも、父が高校時代生徒会長だったと誇らしげに語っていたから。 中学に入って制服のスカートを履かなきゃいけなくなったのが嫌だった。 どんなに頑張っても男にはなれない。 父の期待には応えられない。 本当のところ、父が息子に何を望んでいたのか聞いたことはない。 単に跡取りが欲しかったのか、お酒を酌み交わすのを楽しみにしていたのか。 父に学んだことが1つある。 それは勉強を教えてもらったとか、クロールを教えてもらったとかじゃない。 もちろん文章の書き方を教わったわけでもない。 ケンカをする時は相手に逃げ道を残してやるということ。 父はそのことを言葉ではなく私への態度で教えてくれた。 ささいなことで言い争うことはよくあったけど、私の方が正論を言っていても、なぜかいつも勝てる気がしなかった。 決して私を追い詰めない態度が余裕綽々の大人に見えた。それを悔しく思った私はそれだけ子どもだったのだろう。
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