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若し御庭番だとしても、痩せぎすで逃走はおろか潜む事さえ難しかろう。
人間の代謝は、生命活動の維持に五割余のエネルギーを使っている。
動かなくても、生きている限り体は疲れるのだ。
多少ふらつきながらも、侍は刀を拭い。
勝手に侵入し、手近とも言えそうな野菜くず。
豆腐の厚揚げ等を鷲掴みにし、腹を満たしていく。
夜が明ける前に筆を遣い、血糊を墨に襖へと大きく文字を画いた。
そして静かに外へ抜け出すと、人目を気にしつつ暗闇を物ともせずに通り抜ける。
不寝番を遣り過ごし、提灯が必要とならなくなる頃。
侍は、大川を舟で上流へと消えていった。
二
「杉下さンも、隠居だッてェのに大ェ変ですなァ」
養子か実子か判らないが、見習い与力から正式採用されたらしく杉下も隠居を願い出た様子。
「田嶋さんも、そろそろ隠居では? 義息子さんが、御父上と同じ北番所の与力になられたとか」
「そりゃ、一代ェ抱席ですし? 孫達のツラも拝めやしたからねェ」
どうやら婿殿、柳生新次郎。
改め、田嶋右馬助は杏。
桃代、小梅。
優梨のいづれかと、子を成したらしい。
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