なくしたピアス

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再び家まで送ってくれた彼の目を見つめて「ありがとう」と言う。 返事もせず、すぐに目を逸らしてエンジンをふかす彼。 照れ屋で、 不器用で、 少し乱暴なところもあって。 鞄のなかで鍵を探る手がポーチに触れる。 滑らかなサテンの生地越しに、片側だけのピアスを握りしめた。 なくしたピアスは、もう見つからないかもしれない。 気付いてから後悔しても、戻らないものがあるように。 でもせめて。 ……いや、だからこそ。なのか。 角を曲がるバイクのバックミラーに向かって、五回、手を振る。 照れ屋で、 不器用で、 少し乱暴なところもあって。 でも、根はとても優しい、大好きな人。 ピアスを握る指に力を込める。 なくしたものの大切さに気付いた今、私にできる、唯一のこと。 手元にあるものを精一杯大事にしたいと思った。
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