僕の帰る場所

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しかしセルゲイは今から、あの連中に引き渡される予定なのだ。 この国はセルゲイの母国ではあるが、セルゲイが自ら国を離れてから、もうずいぶんの時間が経つ。 家族や親戚がいるわけでもなく、ただ『生まれた』というだけの国。 この場にいる国の者の中にも、別にセルゲイが見知っている人間がいるわけでもなく、どちらかといえば長年暮らした日本国の方に親しみを覚えるくらいだ。 それなのに、今回いきなり、人質交換の条件として出されたセルゲイの名前。 おそらく、日本での評判を耳にして、セルゲイの知識が、この紛争の絶えない国に有益だと判断されたのだろう。 セルゲイの頭脳を買ってくれるのは光栄だが、セルゲイにとっては今さらという感じで、いい迷惑だ。 セルゲイは日本で、これ以上ないほどの悪夢を見た『とある日』からこっち、残された人生、平和におとなしく生きることを決意している。 日本とこの国では、犯罪人の引渡し条約は結ばれていないから、セルゲイが真面目に刑期を送れば、いつか普通に出所できる。 刑務所を出ても、多分一生政府からの監視はつくが、それがどうした。 争いのない日本という国で、人並みの暮らしができれば十分だし、セルゲイの科学知識はどんな職業でも必要とされ、仕事には困らないだろう。 そういうわけでセルゲイは一度、この人質交換の代価の『帰国』『釈放』という条件を、日本国に断っていた。 もう二度と誰かの手駒になるのは真っ平ごめんだ、と言えるぐらいには、日本政府に懲りていた。
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