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お父さんが死んだのなんで嘘なんじゃないですかね?
何度も思ったけれど、葬儀場の前に出された「九隅家」という珍しい苗字が書かれた札を見て嘘ではないという事実を確認してしまう。
玄関ホールに入ると従業員らしき人が出迎えてくれて、音さんが寝かされている部屋の近くまで案内してくれた。
部屋の前の廊下で高柳さんが深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
お嬢様と呼ぶのはやめてくださいといつもなら言うところだったけれど、今はそんな元気もなくただ目礼を返した。
促されて部屋の中に入ると畳の上にうずくまっていたのはお母さんだった。
私が入ると、お母さんは顔をあげて、瞳から涙を流した。
口を開いて何かを言おうとしたけれど小さな声が漏れるだけで言葉にはならなかった。
私はお母さんの前にしゃがみこんで背中をそっとなでる。
お母さんの瞳に涙がさらに溢れる。
小さな机の上に置かれていたメモ帳とボールペンを手元に引き寄せてお母さんが震える手で文字を書いた。
たどたどしく波打った文字で書かれていたそれを私は読む。
『ごめん。私はこんな状態だから。せっかく帰ってきてくれたのに。ごめんなさい』
私は首を振って言った。
「私の事は気にしなくても大丈夫だから」
お父さん。お母さんは私の事を好きすぎたのかもしれません。でも、きっとお父さんの事も好きすぎたんだと思います。
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