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「あっ、今お茶を淹れますから」
「いやいや、気づかい無用じゃ」
大黒様がそう断りながら、小槌をポンッと軽く振った。
すると──
大黒様の目の前に、目にも鮮やかなカツ丼が現れたではないか。
「ええっ!?」わたしは吃驚した。
「ふぉふぉふぉ。特上のカツ丼じゃよ」
大黒様がバルタン星人のような笑いをしながら言った。
言われなくても、わたしが愛して止まないカツ丼ちゃんだ。死ぬ前になにが食いたいかと問われれば、一切の迷いなくカツ丼と答えるキング・オブ・丼モノである。
「わしの打ち出の小槌は、こんな具合に食べ物を出現させる宝物なのじゃよ」
大黒様がそんな講釈を垂れながら、カツ丼をいそいそと食べはじめた。
その黄金色に輝く卵にくるまったカツを箸でつまみ、「サクッ」と世にも堪らぬ音をさせながらムシャムシャと頬ばる。
「ごくりっ」と、わたしの喉が抗議した。食べたい……。
まるで殺人者のような眼で、大黒様が持つカツ丼を見詰めた。自然と口内にヨダレが溢れて、胃袋が警報のように鳴り響いた。……我慢の限界である。
「あ、あのう、大黒様。わたしもそれを食べたいかな……なんて」
ヨダレを溢れさせないように言うと、
「それとは、この特上のカツ丼のことかいな?」
大黒様が黄金曲線を描くカツをつまみながら訊いた。
「へぇへぇ」無意識に変な笑いがこぼれた。「その特上の美味しそうなカツ丼です」
おそらく、わたしは卑屈な表情をしているであろう。それでもカツ丼を渇望した。
「おぬしが望むなら致し方ないな」
大黒様が小槌を振る。パッとカツ丼が出現した。
「嗚呼っ」わたしは嗚咽をもらした。
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