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「辛くはないのか?両親が。お父さんとお母さんが君の幸せを願っているのに。
生きて、笑顔でいてくれる事を願っているのに。
それを棒に振るような真似をして。自らの断ち切るような事をして」
誰よりも君の幸せを願っているご両親に、君は死にたいと応えるのか……?
それは正しい選択なのか?君はそれで、何とも思わないのか……?
そう畳み掛けるように心の中で、僕は彼女に聴いた。心の中で、僕は尋ねた。
でも口には出さなかった。最初の言葉だけで、口を閉ざした。
もう一人の僕が、それを止めた。僕の口を閉ざした。
何を考えているんだ、僕は。
暗殺のターゲットに何を言い出すんだ。
僕は暗殺者。彼女に死を与える者。命を断ち切る者。
そんな僕が。誰よりも彼女の死に身近にいる僕が。
一体どんな立場からそんな事を言えるというんだ。
「辛くないよ」
グルグルと、螺旋のようにいくつも絡み合う僕の感情を。いつくもある僕の心の中を。分断しかけている僕自身を。
そんな全ての、黒くて暗い感情を断ち切るように、錦之宮楓は言った。
笑顔で言った。
「だってさ」
いつも見てきた笑顔。太陽みたいな笑顔。眩しいくらいの笑顔。
でもその時は違った。振り返りながら見えたのは、とても弱々しい笑顔だった。
今まで見てきた彼女の笑顔の中で、それは一番切ない笑顔だった。
泣きそうになりながら、必死に笑っている彼女だった。
辛くて、苦しくて、寂しい笑顔だった。
「私の力で、その両親が死んでしまう事の方が、ずっとずっと辛いから」
その言葉を聞いて。悲しい笑顔を見て。
僕は何も言い返せなかった。言葉が出てこなかった。全ての感情が、一気に薙ぎ払われた。
見るのさえ辛くなるようなその笑顔を目の当たりにして、僕は何も言えなかった。
この会話の中で、僕の中に残った物は。
僕が言った事に対して、僕が感じた物は。
罪悪感だけだった。
彼女に吐いてしまった、言葉の数々の後悔だけだった。
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