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「錦之宮……」
そう声をかけると同時、近づいてきた彼女からふわりと優しい香りが漂ってきた。
石鹸……。彼女の髪からか。柔らかくて、近づいて嗅ぎたくなるような、そんな良い香り。鼻腔をくすぐる、緊張にさらに緊張を重ねるような、そんなハニートラップ。
香水か?
とてもいい香り。目の次は鼻を奪われた。そのせいで途中で言葉が止まった。言葉が止まり、鼻が敏感に反応した。
いや、と言うか、いやいやいや。錦之宮、それ以上近づくな。僕に近づいてくるな。
それ以上そのいい香りを僕の前で漂わせるな。ふわふわとしたその香りで僕の鼻をいじめるな。
何でだ。何で25にもなってこんなに緊張するんだ。さっきから心臓の鼓動が……。
いやいやいや、これは断じて緊張ではない。違うぞ。女子高生に緊張なんてする訳がないじゃないか。僕は暗殺者だぞ。
別に彼女の事を女として見ている訳ではないのだから、緊張する訳がないだろう。
……いやそれはさすがに失礼か。彼女の事を女として見ていないと言うのは、彼女に女としての魅力が無いような言い回しになってしまう。それは失礼だ。
前言を撤回しよう。
いや女性としてはきっちりと見てはいるが。魅力的ではないと言う意味ではないのだが。
別段その、そういう対象としては見てないと言うかなんと言うか。異性としての意識の問題であってだな。何とも言葉にしにくいのだが。えーっと。
生徒!あくまで生徒!ターゲット!暗殺者ターゲット!
ドキドキするけど……。いやいや、ドキドキしてないけど。断じて緊張なんかではないぞ!ドキドキなんかしてないぞ!ときめいてなんかいないぞ!
止まれ!僕の心臓!さっきからうるさいんだ!
……暗殺者が自分の心臓を止めてどうすんだって話だが。他人の心臓を止めるのが仕事の暗殺者が自分の心臓を止めるなんて滑稽極まりない話だが。
と言うかなぜ僕はここまでおどおどとしているんだ。考えを巡らせているんだ。
別にこんなにも考え込む必要はないじゃないか。堂々としていれば良いんだ。堂々と。
大人しめのギャップ満載のドレスを着ようが、そのドレスの胸元が少しだけ開けていようが、髪を束ねたいつもとは違うヘアースタイルだろうが、ちょっと近づくと本能をくすぐられるような良い香りがしてこようが。
……関係ない。堂々としていれば、それでいい。
しっかりしなくては。
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