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「座ろうか」
「そうだね」
散々グルグルと考えた挙句、出てきた言葉はそれだった。いや僕よ。頭が回ってないのは分かるが。冷静でない事は、他の誰でもない僕が承知の上なのだが。
もう少しこう、あるだろう。「似合うな」とか、「綺麗だな」とか。
何でこんな時に出てくる言葉が「座ろうか」なんだ。ちょっとだけ巻き戻せ。さっきの一言をやり直せ。
赤霧孝之助。出番だ。出てきてここの時間を巻き戻してくれ。男としての一言を間違えた気分だ。
未だに心音が騒がしいまま、そして内なる僕がギャーギャーと騒いでいるまま、僕たちはテーブルに着いた。
星空や夜の海がよく見える、このレストランの一番いい席だ。
「先生……」
「ん?どうした?」
「ナイフとフォークがいっぱい……」
「あー」
テーブルに敷かれた白いテーブルクロス。上にはワイングラスが置いてあり、平たい下皿が一枚。
そしてその下皿を挟むようにしてナイフとフォークが数本ずつ。その数を見て錦之宮楓が目を丸くした。
一応洋食の店を選んだからな。さすがの錦之宮楓でもこういう形で食事をするのは初めてか。
「外側から順に使うんだ。それぞれの料理に合ったナイフとフォークが置かれてるから」
「へー……」
目を丸くしながら彼女はぎこちなく椅子に座る。
その姿は結構笑えた。大人びた格好をしててもやっぱり錦之宮楓は錦之宮楓だ。
それを思うと、逆に僕の方の緊張がほぐれた。緊張する彼女の姿を見て、僕の緊張が緩んでいった。
彼女はいつもと変わらない。そこが良いところで、面白いところだ。彼女らしいところだ。
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