空腹

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 相手が直接もっと高い金額を入力しているのだ。 一体、幾ら用意してるのよ?  爪を噛み、眉を寄せる。  相手も相場を知っていての入札なのだろうけれど、オークションって、少しでも安い金額で欲しいものを手に入れるシステムでしょう、と言ってやりたくなる。  ……チラチラと、胸の内側で描いていた妄想が陽炎のようにゆらいだ。 『康ちゃんママ、スゴイッ! それ、今年の限定色? どうやって手に入れたの? ステキ。  ね、いくらだった?』 そんな風にママ友の輪の中央で囲まれ、囃されている自分の姿。  ……この社宅へ移ってきたのは去年の夏。 まるで、季節外れの転校生の気分だった。  もう社宅内の力関係は強固に定まっていて。 いま、頂点に居るのは、4階のシホちゃんのママ。  社交的で、この社宅の古株で、上のお子さんがこの間、東大に入学した。これが、彼女の一番の自慢。  あからさまには言わないけれど、会話の端々に細かく盛り込んでくる。  新参者の私はまるで「下僕」だ。近くの公園が社交場で。毎日気を遣い、お世辞と作り笑いで窒息しそうだった。  それが劇的に変わったのは、中学の親友の結婚式に、独身の妹から服と鞄、それに靴を借りた時。  妹は大のブランド好きで。 1人身の気楽をすべてブランド品で満たしている。  私はそれまでブランドにはまったく興味がなかった。でも、シホちゃんママをはじめとする公園ママが、出かけようとする私を見て、いっせいに羨まし気に声をかけてきたのだ。  それ、どうやって手に入れたのって。妹からの借り物を、私のものだと勘違いしたらしい。  でも、それで、理解した。 アァ、コレだ、って。  夫の役職なんて簡単にはあがらない。  この社宅から出られるのはもっと先。その中で、私の評価は、実は、こういうもので決まっていたのだ。  ……だから、どうしても欲しかったけれど。 時計を見ればもうパートに出るのに、康太を実家に預けにいかないといけない時間。  胸が詰まるような思いで振り返ると、押入れに入りきらず、部屋に溢れた箱や袋が目に映る。  ……今回は、諦めよう。 そう思った瞬間、呼吸が楽になったような気もした。  たくさんあるのだ。 まだ、支払いが終わっていない靴や、鞄。  リボ払いで調整している。 使っているカードは6枚。  どれも限度額ギリギリだったはず。
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