ボトルのなかのキャンディ

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今。 自分がいる世界ってものを考えてみよう。 生まれた意味。生きる意味。 あると思う? ないない、そんなもの一ミリもない。 だって、この世界は宇宙は空間は。 そこの木々や虫や犬やら猫やら。 微生物だって、私に期待はしない。 私が今ここで死んだって何も変わらない。 あぁ、でも多少、悲しんでくれる人はいる。 しかし、今話しているのはそういうことじゃない。 私の人生を世界というフカンで見たときに、 私の生き死にや行動は意味があるのかということで。 それはまるっきり何もないのです。 私はそんなに大それた存在じゃないので。 私が明日死んでも地球は回るし、世界は動く。 毎日新しい命が生まれて、毎日失われていく。 たとえ、人類が滅んだって地球は回るし宇宙は存在するんだとおもう。 例え神様がいても、その神様が全てに平等だとしたら、 きっと人類に何の期待も持ってないと思う。 そこに意味はないから。 神様は、入れ物としての世界はこう言うんだろう。 「生きるものは生き、死ぬものは死になさい」 「私は全てを受け入れる」 ってね。 この世界の行く末がどんなものか、誰にもわからない。 でも、よくも悪くも、人間だって環境の一部であって 主役じゃない。 どうなったっていい。全ては受け入れられるから。 だけど、せめて幸せに暮らしたい。 どうあったっていいんだから。 私たちがどんなに足掻いても、 全ては掌の上のこと。
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