春潮風

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私は少年が何か酷い目にあったのだと思いながらも、何も言う事ができませんでした。ただ少年の隣に丸くなって、裸足の足先をほんのちょっと温めてやることが精々です。 しかし少年はへにゃりと力が抜けたように笑って、やがて絵筆を取ったので私は安心しました。 少年の指は爪の間まで真っ青で、真ん中をセロテープで留められた絵筆も同様に汚れていました。この海の絵を、何度も描いていることが伺えました。 海を見つめる眼差しは、愛おしそうな、悲しそうな色合いです。また、服や絵具は破けたり修理したりした後がありましたが、使い古されたスケッチブックだけが暴行の跡を残していませんでした。 きっと、少年にとって特別なものなのでしょう。 程なくして、少年は満足そうに息を吐き、うんと背伸びして草原に倒れました。 スケッチブックの中には、さざなみのように細かな筆致で別荘の屋根が、平筆でさっと履いた穏やかな海が上手く表現されていました。
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