第一章:ある夏の日

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 それは、あらかじめ互いの動きを確認して行われている、演舞だった。  人影の片方……キキさんは黒っぽい半袖のシャツに動きやすいズボンを履いている。ボルゾイ犬の尻尾がズボンに開けられた穴から出され、長い髪と共に動きに合わせて跳ねていた。  もう一つの影は、様々な古い鎧をアンバランスに組み合せたもの。  クークラだった。  瓦礫から掘り出した壊れた鎧を組み合わせて身体にしていた。  二人の演舞は、動きに全く迷いがない。  キキさんは冒険者だった頃から棒を使い、幾つもの修羅場を乗り越え、今でも毎朝鍛錬を欠かしていない。その経験に培われた動きだ。  そんなキキさんを見て、自分にも教えてほしいとクークラが言い出したのが数年前。  それがそもそもこの運動場を整備したきっかけでもあった。  棒を打ち合い、躱し、走り、飛び退り、あるいは飛び込み、最後は互いの喉元に棒の先端を付きつけて演舞は終わる。  クークラは数年でその動きをモノにしてしまった。キキさんはそのセンスに舌を巻いたものだ。  二人は距離を離して立ち、礼をして再び構える。  今度は演舞ではない。本気の打ち合いである。  見る者が見れば、二人の間の空気が張り詰めて行くのが分かっただろう。  しかし、勝負は一瞬でついた。  裂帛の気合を込めて、鋭い動きで突きを放ったクークラの攻撃を、キキさんは棒でいなしながら躱し、一連の動作で鎧の脚をすくう。  仰向けに転倒したクークラは身を起こそうとしたが、その隙を与えずキキさんの蹴爪と鱗を持った脚がクークラの肩を踏みつけ、棒の先が喉元に付きつけられていた。  その形のままで、一瞬時が流れる。 「参った」  クークラは、状況を覆すのは不可能と判断し、負けを認めた。
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