第一章:ある夏の日

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 ボヤくクークラの眼を、キキさんは無言で覗き込んだ。 「いえ、もちろんボク、一生懸命お手伝いしますよ?」  クークラは眼を逸らしながら言った。そして、言葉を繋いだ。 「あ、そうだ。終わったら、またちょっと聞きたいことがあるんです。魔術のことで……」 「分かりました。では今日は、出来るだけ早く終わらせることにいたしましょう」 「お願いします。……それにしても、ハク。今日も工房に篭っちゃっているけど、大丈夫かなぁ」 「ハク様にとって、今は仕事に集中したい時期なのでございましょう。先にスヴェシ様が来た時、氷結晶を創る技術が目に見えるほど上がっていると、何やら嬉しそうに仰っておりましたし」 「スヴェシの言うことなんて……ゲーエルーさんも言ってたけど、国教会はハクの氷結晶を高く売れればなんでもいいんだよ」 「そうかもしれません。しかし、ハク様にとって氷結晶を創るのは、国教会とは関係なしに、楽しい事なのでございましょう」 「それもわかるけど……」 「ハク様のお身体は自分も心配しております。あまりにのめり込みすぎるようであれば、わたくしの方からもご忠告を申し上げさせていただきます」 「うん……いや、はい。お願いします。……でも、キキさんがいてくれて本当に良かった」 「そう言われるのは嬉しゅうございますね」 「ハクに意見もしてくれるし、魔術も……。もし居なかったら……ハクが篭っている間、ボク、ずっと話す相手も無くなっちゃうしね」 「さようでございますね」  生意気なこともよく言うが、しかしハクが仕事に没頭すると「子供」であるクークラは寂しいのであろう。  自分が来るまでは二人っきりで過ごしていたのだ、と、キキさんは二人の関係の深さを感じた。  思えば。  初めは、ただのアルバイト先でしかなかった砦跡。  それがいつの間にやら、随分と肩入れするようになったものだ。 「家族……かぁ……」  キキさんにとっての家族は、マスターと仲間たちしか居ない。それも今は失われている。中身の無くなった館に一人いた頃を思い出す。 「まぁ、アルバイトを始めて良かったかな」 「……? なにか言った?」  先を歩いていたクークラが振り返った。キキさんは微笑みながら言葉を返す。 「いえ、ただの独り言でございます。さて、今日は忙しくなりますよ」
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