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懐古
その店には、ニキという女がいた。彼女はこの寂れたスナックのママだった。
彼女は特別美人ではなかった。ただ、やけに艶っぽい唇が、柔らかなほほ笑みを浮かべていて、それが妙に魅惑的であった。ただ、それだけの女であった。
その日の客は、ロマンスグレーという言葉がよく似あう、老紳士だった。彼は、彼女の幼馴染らしかった。
彼女は彼の姿を見ると嬉しそうに笑いかけた。
「あら、いらっしゃい。こちらは初めてね。」
彼は少し照れたように頭をかくと、ああ、と呟いた。
「変わらないね、君は。」
カウンターに腰かけ、眩しそうに目を細めながら、彼女を見つめた。
「あら、いやだわ。私だってすっかりおばちゃんよ。」
そう言って彼女は、衰えの知らない張りのある声で笑った。
「よく言うよ。十分、若々しいよ。」
彼は出された白ワインのグラスに口をつけた。ひんやりと冷たいワインが彼の喉を潤していく。
彼女は彼の言葉にほほ笑みを浮かべると、そっと彼の手を握った。
「ああ、君の手は本当に変わっていないね、柔らかくて温かい。」
「温かい手の人は冷たい心の持ち主だって、誰が言ったのかしらね。」
彼女はそっと手を離すと、外の電気を消した。
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