第1章

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 なんと表現したらいいのか、ソーセージは昔ながらの魚肉で、ころももたっぷりギュッと厚く、揚げたての熱々はタイミングが良くないと滅多に食べられない。お金を払うとヒーターボックス内に積み上げられた一本を渡され、容器に入ったケチャップとからしを好きなだけたっぷりかけて、先っちょからかぶりつく。カリフォルニア?の風を感じながら、ドブ板通りを闊歩する。ボクのアメリカンテイストだ。  今も昔からあるドブ板通りの飲食店に入ると、皆のよく知っている食べ物が、本場アメリカ風の品書きになっている。スティックドッグをはじめ、フライドポテトはフレンチフライ、チャーハンはヤキメシとかフライドライス(中の具が違うとかで、別物らしいがボクには違いがわからない)等、土地柄(沖縄や他の基地街ではヨコスカと同じように当たり前かもしれないが)のせいか、昔から〝ザ・アメリカン〟みたいなパイやピザ、タコスやナチョス(これらのヒスパニック系もボクの中ではアメリカだった)といった食べ物が豊富にあった。  高度成長期が終わり、敗戦の記憶も薄れつつあったボクが幼かった頃、近所の悪ガキ連中と遊んでいる所へ米兵が通り過ぎる。どこで覚えてきたのか、一人が覚えたての英語で話しかける。 「ギブ・ミー・チョコレート、ギブ・ミー・チューイングガム」  皆で連呼してみる。すると米兵はにっこり微笑みながら、ポケットから見たこともないような派手な色したガムやアメ、ハーシーズのチョコレートくれた。  ボクらはお礼を言った。 「サンキュー・ベリーマッチ」  米兵が歩き出すより早いか、早速もらった物珍しいガムやチョコを食べ始める。甘い、とにかく甘い。そして何か変な味もする。アメリカ独特の味とでも言うのだろうか、口に合わない。はっきり言ってマズい。ベロも真っ赤や真っ青に色づいている。家へ帰ると、怖い顔してバアちゃんや母ちゃんが待っていた。どこで見られたのか、誰かに聞いたのか、米兵とのやりとりを知られていた。バアちゃんがどこか悲しげな響きで言った。 「あんな恥ずかしいこと、二度とするんじゃありません」  キツくお灸を据えられた。明治生まれの祖父母、戦中生まれの両親、あの戦争を生き抜き、戦後の厳しい混乱期を現実に体験してきた者達にとっては、ボクらのしたことは冗談では済まされない、許されない行為だったかもしれない。
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