第1章

7/8

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 叱られて子供心にも何となくその気持ちは伝わって、それからは二度とやらなくなった。  年一回、アメリカ独立記念日には米軍基地が一般開放された。基地の中はまさにアメリカ。建物の造りも違うし、道路も左側通行。お祭りムード一色の基地内では、キッチンカーでホットドッグやハンバーガーを売っていたり、家の庭でバーベキューをしてステーキを焼いている。いい匂いにつられて近付くと、ちゃっかり商売をしている。さすがビジネス大国だけある。出店(出店と書くと日本っぽく屋台をイメージしてしまうかもしれないが、全然違う。これが映画に出てくるようなアメリカのどこか片田舎の移動遊園地の雰囲気なのだ)もあって、一回いくらか値段は忘れてしまったが、ボールを五球渡され、的に投げつけ見事命中すると、的のそばの板の上に乗っていたアメリカ人の少年や少女が下のプールへ落ちるというアトラクションや、アメリカ風輪投げ(カウボーイ風なもの)等、日本にいながらアメリカが満喫できた。海沿いには野球場やアメリカンフットボール場があって、学生達が試合をしていた。野球場は映画『がんばれ!ベアーズ』で見たような観客スタンドやベンチがあって、ミニ大リーグ観戦をしているみたいになれるし、生で初めて見たアメフトは迫力満点だった。そういえば、当時はアメフトなんて呼ばず、アメラグ(アメリカンラグビー)って言ってた。まさにここはアメリカそのものだった。  またこの日の楽しみの一つは、味も缶のデザインも違う本場のコカコーラやペプシ、7up、ファンタ、スプライト、Dr.ペッパーを飲むこと。お土産で基地の外へ持ち出すには、本数制限があって多くは持ち出せない。どのみちボクらは子供だし、徒歩で入場しているから無理できない。意地でも基地内で飲むしかない。値段もアメリカのレートだからかなり安かった。国内で流通しているものより、皆アメリカっぽい独特の味がした。最初は少し抵抗があったが、飲むうちにクセになり、カラダに絶対良くないだろうと思いながらも無償に飲みたくなる。年に一度の基地開きの日が待ち遠しい、そんな思いをしていた。今ではほとんどの物は手に入る。いい時代になったのだろうか。  やっぱり米軍基地開放日で一番忘れられないのは、小学生最後の思い出にと、ボクの憧れのエッちゃん達と行った時だ。地元では米軍基地のことをベース、開放日は〝ベース開き〟と呼んでいた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加