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「あの、すみません」
ウエイトレスを呼び止め、料理はまだかと聞いてみる。しかし彼女は首を傾げるばかりだ。
「注文された品でしたら、先刻お運びいたしましたが」
そう言われても来てないものは来てないのだ。
運び間違いか。はたまた注文が通っていなかったのか。
どちらにしろ店の落ち度だから、文句を言おうとした俺の視界に、鏡に映る背後の客が紛れ込んだ。
鏡の中の男が、ニヤリと笑いながら俺の席に皿を置く。その瞬間、今の今まで何もなかったテーブルの上に、いかにも食後と判る汚れた皿が現れた。
俺はもちろん、ウエイトレスの顔も真っ青になる。その後は…店長が出てきてすぐさま店の奥に連れ込まれた。
鏡に映る何者かが、客の注文品を勝手に食べ荒らしてしまうという事件。
滅多にはないが、ごくたまにその現象は起こるらしい。
二人には懇切丁寧に詫びられ、今からすぐに新しく注文品を作り直すと言われたが、俺はその申し出を辞退した。一刻も早くこの店を出たかったのだ。
他言は決してしませんからと、それだけを約束して急ぎ足で店を出る。その際、入り口脇の鏡の中で、さっきの男が、膨れた腹を抱えて満足そうにしている姿が見えた。
鏡の向う…完
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