46人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
たわいもない発言と思って聞き流していた言葉たちは、今考えるとどれだけの汗と涙が育てた結論だったのだろうか。
もしかしたら俺の想像の数十倍もの苦境を超えて、ついに見つけた言葉なのかもしれない。
役者である彼女もまた自分の役をもっているだろう。
人は、表面を偽るものだ。俺も、ああいった役を使いこなせるようになってみたい。
ちょうど良いことに俺の人生は新たなステージへ踏み込んだばかり。やりたい事にチャレンジしてみようという気も、そのうち起こるだろう。
あの星を、ぜひとも一度は掴みたいものだ。と、フロントガラス越しに見た空へ思いをはせる。
夜の中でも桜花は白く浮かんでいる。そう、今は春なのだ。これからすべてが始まる季節だ。
自分が決めた道、舞台俳優に俺はきっとなってみせる。一年間の苦節を経ていよいよ入った大学は俺にとって、さぞ素晴らしい経験と出会いをさせてくれるだろう。
あの面影なき幼馴染もまた良い刺激を与えてくれるに違いない。八年の溝はきっと時間が埋めてくれると思う。
そしていつか、思い出すまでもない記憶を語らねばならない日が来たとしても……まあ、前途明るく向き合っていこう。
かつての想い人はもういないのだから。
座席に座った状態のまま伸びをしたら、太ももの裏に鈍痛が走った。
「痛ってぇ……明日は筋肉痛だな、これは」
考えることは程々にして、そろそろ動くとしましょうか。帰りはきちんとした公道を使い、安全運転で行くとしよう。
全身の節々に疲労を感じながら俺は軽トラのエンジンを再びかけ、サイドブレーキを下ろし、固いクラッチを踏み込んだ。
前照灯の照らした桜が一枚、はらりと闇夜へ消え入った。
【中編に続く】
最初のコメントを投稿しよう!