春告鳥(上)

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「まあ、いいわ。あんたのことだから友達に捕まってたんでしょ? まじめそうだし、テルって」  本を手提げに収めながらそう言うと、そのまま表情を緩めた。 「まさにその通りだが、いや、でも待たせたのは本当にすまなかった……春菜」  春菜に頭を下げて、手刀を切る。春菜は首を振ってにこっと笑み、返して来たのはさっぱりした声。 「いいわよ、テルがそれだけ頑張ってる証拠じゃない? 入学早々、たよられる友達ができるなんて」 「こちらこそ、新参者の友人事情に理解ある先輩がいてくださって、ありがたき幸せですよ」 「ちょっと、先輩はやめてよ。そういうのはナシって言ったじゃない」  春菜は口をちょっと尖らせた。俺は一年生だが、春菜は二年生だ。  そういえば、と彼女は唇を動かした。 「テルの入学金、半額免除になったんだって? すごいじゃない、この大学って結構レベル高いのに」  入学試験の成績上位者に与えられる、特別措置のことだ。  ここ、東京芸術学院大学は毎年の合格者で、上位二割に入る得点をした者に限り、学費の減額または免除をする特待制度を設けている。  俺はそれでまあまあ点数が取れたので、ありがたく制度の恩恵をあやかれることになった。……けどまあ、 「一浪した末に取ったものだし、そんなに偉いことじゃないさ。せいぜい努力が報われてハッピーくらいに思ってるよ。それより、春菜は何を読んでたんだ?」 「あぁ、これね。シェイクスピアのマクベス」 「マクベス? 四大悲劇のアレだろ、読んだことなかったのか」 「ううん」  春菜はかぶりを振った。 「日本語版だったらどこの出版社のも読み終えてる。だから今度は英語版に挑戦してるの。この前レポートにまとめた、『スタニスラフスキーの演劇論』とあわせて読めばなかなか楽しめるわ」 「お、おう。これまた賢そうな趣味をお持ちで……」  春菜は成績が優秀だ。噂では学内でも図抜けたものらしい。一年遅れで入った俺とは、そもそもの賢さが違う。
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