春告鳥(上)

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 長々と続く桜道。風はあたたかな匂いを運び、空には花が舞っている。春がすみがたなびく山々の雪は解け、ふもとの草木に潤いを与える。  この町にも春が来た。  最近の変わったことと言えば、世間に大きな変化はない。個人的な事でも良いのなら、大学生になる時がきた。それぐらいしか話題はないが、まあ俺にもようやく春が来たとでも言っておこう。  駅前ですれ違う人達はすっかりファッションの流行にのっかって、パステルカラーのスカートだとか、シックな色のジャケットだとか、まさに春の通行人な恰好で街を明るく彩っている。  大学もまた似たような感じだ。キャンパスは今日もカラフルに賑わっている。広場を行き来する学生達の足取りは軽い。  そこにひとり、彼女はいた。  彼女は雑踏のなかで桜を眺めている。立ち姿には気品があり、その線は細い。手元に本を開いたまま桜にみとれる彼女は絵になっていた。  風が吹く。あちこちで木々がざわめきだしたとき、俺と彼女の視線がふと合った。その目は猫のように二重で大きく、俺をとらえてまたたいていた。  彼女の手元で、本にしおりが挟まれる。  その人は軽く息を吸うと……ありえない声量のデカさで俺にキレた。 「おっそーーぉぉぉおおおおおおい! レディーをどれだけ待たせんのよ! ほけっ!」  木々から小鳥が飛んで逃げた。  開口一番、春の安閑は突き破られた。  ずんずん迫る揺れる黒髪、赤らむ頬。  早速ですが頭頂部に平手打ちをいただきました。痛い。すごく痛い。
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