第1章

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 この世に無敵と言われた男がいた。その肉体は常に最善の状態を保ち、ありとあらゆる攻撃は彼の前では塵と消える。  言葉を発するだけでこの世の全ての現象を起こすことが出来、死ねと言えば問答無用で死に、飛びたいと言えば際限なく飛び続けることが出来た。  この世の制約に縛られない最高の自由を手に入れた彼をいつしか人は神と呼び、抗うことを止めた。  しかし、誰もが自分に逆らわなくなった世界で彼の不安は消せなかった。  いつしか自分を倒す者が出て来るのではないか。 倒されれば無敵では無くなる。  無敵では無くなれば自分を倒した者こそが、この世で唯一の制約となる。ーー誰かに縛られたくない。そう考えた彼は力を持ち得る可能性のある人物を殺して潰して消して踏み潰して蹂躙した。  徹底的な行動の数々は狂気とも言われたが、彼は気にすることなく徹底した。  永劫の平穏のために平穏を自ら崩した。  ある日、彼は出会ってしまった。ーー等身大の亡霊に。  何千、何万という呪詛を彼は亡霊にぶつけた。しかし、亡霊はいかなる状況に置かれても彼の眼の前に現れ、いかなる攻撃も塵と消え、状態変化も嘲笑うかのごとく何食わぬ顔をして立っている。 世界中の生物を消した業火ですら、気づけば無傷のまま彼の眼の前に現れる。  彼は恐怖した。身体中の毛がよだち、息は荒くなり、見開かれた目はまっすぐ亡霊を睨んでいる。  彼は察した。こいつだ。こいつが自分を倒す者だ、と。こいつが自分を制限する存在だ、と。 「死ねえっ!」  彼は亡霊を指差し、高々に宣言する。その時だった。  亡霊は背中を丸め、胸を抑えて苦しみだしたのだ。口から血を吐き、膝から崩れ落ちそうになっている。  彼は確信した。ーー勝った、と。  地面に吸い込まれるように崩れ落ちながら彼は確信した。口から血を吐き、張り裂けんばかりに高鳴る胸を押さえながら。最後の最後まで彼は確信していた。ーー自分は無敵であると。  そして、気付かなかった。  無敵と無敵。ぶつかればどうなるのかを。  己が抱える大きなムジュンヲ。  死して尚気付かなかった。
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