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水は限りなく色を持たなかった。すぐに消える儚い泡も、光沢を纏う結晶も、水底に並ぶ赤い影も、当たり前に存在しない。
もしこれが川であれば、何の才能も宿していないこの手でも、煌めく幻想的な世界を作り出せるのだろうか。はたまた何も変わらないのか。
答えを出せないまま、画板に固定した画用紙の上で、鈴原光希は鉛筆を握る手を黙々と走らせた。
動かないモデルを淡々と描く。目に映るものを、ひたすら忠実に。
やがて鉛筆を走らせるのをやめると、その狭い世界は完成される。白い紙の中に作られた、大量の水道水を溜めたシンクが。
そうやって描きあがったものを冷静に見つめて、光希は溜め息を吐いた。
銀の光に囲まれた本物の水を、もう一度見下ろす。透明なだけの狭い海。求めたものは、何もない。
「へぇ。鈴原、絵が上手いんだ」
「うわっ!?」
反射的に背筋を伸ばした光希は、指から浮いた鉛筆を咄嗟にキャッチした。
驚いたせいだ。背後から降ってきた凛々しい声にも。校舎の中で、気安く名字を呼ばれたことにも。
動揺を消せないまま光希は振り向いた──いや、振り向くことすら叶わなかった。右肩の真横に顔があったからだ。自分より少しだけ高い位置で、切れ長の瞳を不気味に笑わせてる顔が。
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