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「ほ、本条君……」
「あはは。驚かせたならごめん。それから、描いてるもの勝手に覗いたことも。でも鈴原があんまり興味深かったから」
後ろから光希の画用紙を覗き込んでいたクラスメート──本条 凜は、光希から少し距離を取った。
「立ったまま絵を描く奴なんて珍しいなって。学校で見かけたの、多分初めてだ」
「へ、変かな?」
「変とまでは言わないけど。この中にあったんだろ? 鈴原の描きたかったものが」
本条は、先程の光希のように、シンクの中を覗き込む。静かな眼光が、微動だにしない水面に落ちる。
涼しげな笑みを絶やさない横顔に、光希はふと、訊いてみたくなった。
「本条君には何が見える?」
「何がって、大量の水と、銀の流し台の内側」
澱みのない返事が光希の耳を滑る。
「鈴原には、何か別のものでも見えてるのか?」
「……ううん……僕も同じだよ。ごめん。おかしなこと訊いて……忘れて。今の」
「じゃあ今度は、俺から鈴原に質問」
切れ長の瞳が、今度は光希自身を捉える。
「鈴原は、何でこれを描こうと思ったんだ?」
楽しそうに、本条は笑みを深めた。
問われた光希は自分が描いた物を見下ろす。
粗い線で模写された水道。細長い水槽に、モノクロームな水の群れが静かに横たわっている。美術担当の教師から、“学校内の風景”という課題を出された瞬間に、真っ先に思い付いたものが。
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