1 透明な海

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「ほ、本条(ほんじょう)君……」 「あはは。驚かせたならごめん。それから、描いてるもの勝手に覗いたことも。でも鈴原があんまり興味深かったから」  後ろから光希の画用紙を覗き込んでいたクラスメート──本条 (りん)は、光希から少し距離を取った。 「立ったまま絵を描く奴なんて珍しいなって。学校で見かけたの、多分初めてだ」 「へ、変かな?」 「変とまでは言わないけど。この中にあったんだろ? 鈴原の描きたかったものが」  本条は、先程の光希のように、シンクの中を覗き込む。静かな眼光が、微動だにしない水面に落ちる。  涼しげな笑みを絶やさない横顔に、光希はふと、訊いてみたくなった。 「本条君には何が見える?」 「何がって、大量の水と、銀の流し台の内側」  (よど)みのない返事が光希の耳を滑る。 「鈴原には、何か別のものでも見えてるのか?」 「……ううん……僕も同じだよ。ごめん。おかしなこと訊いて……忘れて。今の」 「じゃあ今度は、俺から鈴原に質問」  切れ長の瞳が、今度は光希自身を捉える。 「鈴原は、何でこれを描こうと思ったんだ?」  楽しそうに、本条は笑みを深めた。  問われた光希は自分が描いた物を見下ろす。  粗い線で模写された水道。細長い水槽に、モノクロームな水の群れが静かに横たわっている。美術担当の教師から、“学校内の風景”という課題を出された瞬間に、真っ先に思い付いたものが。
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