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「本条君は……読んだことある? 宮沢賢治が書いた、"やまなし"っていう作品」
「やまなし?」
「うん。川に住んでる二匹の兄弟蟹が、泡を吐きながら水中を見上げてるんだ。太陽の光とか、樺の花びらとか、結晶の粒とか……川に浮かぶ綺麗なものを、いつも二人で眺めてて」
画用紙から目を離した光希は、動きのない水の表面を見つめる。
「その話を初めて読んだ時……キラキラしてるなって、思ったんだ」
躊躇いや恥じらいをぐっと抑え、懸命に真剣な声を作った。使ったのはあまりにも安っぽい表現だったけれど、自分が感じたものを正しく伝えるためにはそんな言葉しか浮かばなかった。
「僕は、海とか川とか見ても、単純に"綺麗だな"としか感じることがなくて……でも、宮沢賢治の目には、そういうキラキラした世界が広がってたのかなって……すごく、憧れた」
力を強めて鉛筆を握り締める。
「それで、昨日、久し振りにその"やまなし"を読んだせいか、水を描いてみたくなって……って言ってもここは川じゃないし、結局こんな、何の面白みもない絵しか描けなかったけど……」
「ふーん……」
特に感心したりせせら笑ったりする様子もなく、本条は単調に相槌を打った。
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