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音楽室の掃除は好きではなかった。壁に並ぶ肖像画の偉人達から見下ろされると、いつも萎縮してしまうからだ。
彼らの鋭い視線から逃れるように、光希は下ばかり向いて床を掃く。
その内に、スピーカーから流れてくる学内放送の曲が変わった。テンポのいい明るさとは一転した、陰鬱かつ静謐なメロディ。
その曲を聴くと、光希の脳裏には、決まって夕焼けが浮かんだ。暖かい赤銅色に彩られていく空。海の彼方へ沈んでいく太陽は、燃え尽きる直前に、赤く世界を染め上げる。
もしも同じ曲を聴いても、才能溢れる芸術家達の中には、もっと広く、もっと美しい世界が完成されていくのだろう。一中学生が思い描く、珍しさも真新しさもないありきたりな風景とは違って。
「よっしゃ!」
元気のいい声と、大きな物音が、黒板の傍で目立った。光希の意識を現実に引き戻すほどに。
「また俺の勝ちっ。何回やっても淳は弱っちいなー」
「だ、だって……僕、隆平君と違って、頭良くないし……」
「頭が良いとか悪いとかじゃねーのっ。こーゆーのは閃きがものを言うんだよ!」
「そ、そうかなぁ……」
同じ班の男子二人は、ずっと黒板とチョークを使って遊んでいる。彼らにとっては今日も、掃除時間と自由時間はイコールで結び付くらしい。
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