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地下鉄の構内をぶらりと歩く。暑くも涼しくもない風の行き場は限られ、音も空気もモワンとこもる。
「黄色い線の内側でお待ちください」
お決まりの案内に、風呂場の鼻歌のようなエコーがかかる。先に反対の路線から電車がやってきた。ドアが開き、人が降りる。人が乗り、ドアが閉まる。さよならも言わずに去っていく。これが一日何度、繰り返されるのだろう。
ベンチに座って次の電車を待つ。特徴的な音階の駅メロが空間を割るように鳴り響くと、メタリックに光る車両がするりと入ってきた。
到着した電車は、降りる客より乗り込む客の方が少し多い。人の流れに沿って、車両に足を運ぶ。運よく空いた席に腰を降ろした。
「ドアを閉めます。閉まるドアにご注意ください」
閉まりかけのドアにガタンと当たりながら乗り込んできたのは、白いTシャツにジーンズというシンプルなスタイルの若者。
「駆け込み乗車は危険ですのでおやめください」
若者に対してであろうか一般にであろうか。車内アナウンスが少し高めのトーンで注意を喚起する。若者は、彼のことを怪訝そうに睨む他の乗客からの視線を避けるように、かぶっていたキャップの先を下げた。
車両の奥には空いている席もあったが、もう動きたくないのか、ドア近くの手すりに背をもたれたまま佇む。洒落たデザイントップの付いたシルバーのペンダントに目が惹かれた。白いTシャツにさりげない。
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