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ウイィーン……
ドレミの音階で唸るようなインバータ音を鳴らして、車両が前進する。
この時間の地下鉄は、ラッシュアワーの時間帯と違ってギュウギュウに人が込んでいるわけではないが、スカスカに空いているわけでもない。
電車が動き出すと同時に、座席で居眠りを始める人は少ない。スマホいじりに忙しい人の方が多いからだ。本を読んでいる人などいない。マンガでさえ、スマホで読めるから。駆け込み乗車の若者も、そばにある手すりではなくスマホを握って電車に揺られている。
「ご乗車ありがとうございます。この電車の停車駅は……」
車内は人間観察をする者の対象に溢れる。乗客のほとんどはこの限られた空間と時間を自分のために使おうとしていた。
向かいの女の子は、お決まりの車内放送などには一切耳を傾けず、ひたすらスマホに見入っている。つややかなブラウンに染めた長い髪。ムンと香るほどにきっちりと化粧を施した肌。くっきりと描いた目に、潤いたっぷりのリップ。ストライプ細めの夏ワンピがとてもかわいらしい。
女の子は、無表情でスマホのスクリーンを指でスライドさせたり、軽やかにタッチしたりしている。注目すべきは、クルクルと器用に動く指先のネイルに素晴らしくデザインされたひまわりの花。夏らしいと言えばそうかもしれない。社会人かそれとも学生か。きっと誰かと待ち合わせでもしていて、そのチェックに忙しいのだろう。
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