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『あの時は当然ショックも受けたけど、余命半年と分かってからは、この結婚が豊さんにとって雇用関係のようなものだったのは不幸中の幸いかもと思えてきました。
私も変に感傷的にならずに済むし、まだ式も挙げてないから豊さんの戸籍にも傷がつかない…むしろ良かったのかも、って。
やっとそう思えるようになったから、指輪を返そうと決めました。
来週末に打ち合わせに行く予定だった式場や、新居の内覧その他諸々はちゃんとキャンセルしたから安心してね。
会えない間に雑事は私がキレイさっぱり片付けました。病気が分かって会社も辞めたから、時間だけはあったし。豊さんは気持ちを切り替えて新しい人を探して下さい。豊さんイケメンだから、あっという間に見つかるかもね。
ご両親には…本当に申し訳ないけれど、豊さんから事情を話して下さい。
さよなら、豊さん。
もう会うこともないけど、くれぐれも体を大事にしてね。
優子』
衝撃的過ぎる文面に、頭が真っ白になった。
脳みそが内容を理解したくないのか、へたり込んだままバカみたいに何度も文面を追う。
「………」
「………」
「………」
どれくらいの間放心していたのか分からないが、少しずつ頭が覚醒してくるにつれて、俺はなんだか可笑しくなってきた。
ばからしい。
そうだよ、徹夜明けの寝起きだったんだから頭が働かなくて当然だ。冷静に考えれば分かるじゃないか、こんな事あるわけがないって。
ドッキリにしたってタチが悪い。
優子が体調悪いなんて聞いた事もない。いつだって体調が悪いのは生まれつき持病がある俺の方だ。体が弱い癖に不規則な仕事だから、デカい仕事が終わる度に寝込んじゃあいつを心配させてきた。
ここ2週間も忙し過ぎて優子にも素っ気なくしてしまった。いつもは笑って許してくれてたが、結婚を前にしてあいつも少しナーバスになってるのかも知れない。
きっとこれは、優子の抗議行動なんだろう。
そこまで考えて、自分の考えに納得する。珍しく拗ねているらしい恋人に、さすがに謝らなければならないだろう。なんせ、照れ隠しで同僚に言った言葉まで聞かれていたみたいだし。
俺の素直じゃない性格は分かってる筈だとは思うが、文面からみても怒ってるのは確実だしな。
自業自得だが面倒な事になったと思いつつ携帯を取り出し、コールを鳴らした俺は、再び固まる事となる。
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