さようなら

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時刻は23時を回ったところ。 入り口に面しているレジすぐ横に、デスクトップの無機質な光に顔を照らされた私。他に誰もいないまっ暗な店内では、ぽつんと浮かび上がっているような錯覚を覚える。 うむむ、先ほどからキッチンの奥の方で『キュオォォン』というなんとも奇怪な鳴っている。が、これはきっと、気のせいだ。気づいてしまえば見に行かなければならず、そうなれば原因究明に時間を費やさねばならない、それが店長というもの。しかしそんなことをしていては、終電様がよいよい走り去ってしまうわけで、つまり私はぽてぽて歩いて帰宅せざるを得なくなる。2時間もかけてだ。 「きゅおぉんっ」 私はその”聞こえていない”音を、軽く口ずさんでみた。なるほど、これは換気扇の音だ、そういえばこんな音だった。うんうん、間違いないな、よし。忘れよう。 「今日も遅くまでお疲れ様だな、私と、ノートパソコン」 パタリ。私はそうっと店内で唯一の光源の息の根を止めた。すると、窓からかすかに差し込んでいた月の明かりが、ぐぃっと主張を激しくしてきた。仰ぎ見れば、かまぼこ並みにきれいな半月。 やや都会のこの辺りでは、星が星の数ほどは見えない。しかし、一等星と月ぐらいしか見えない夜空というのも、改めて眺めてみると、それほど悪くないものだ。 そうだな、今日はマックで月見バーガーでも買って帰ろうか。 ふぅ、とノスタルジックからの脱出の合図であるため息を吐き出し、くるりと旋回して裏にある従業員用の更衣室へと向かおうとした、が、その瞬間であった。 「テレロン!」 私のスマートフォンが唸りをあげた。ちまたでもよく聞く、いまいましいLINEの着信音。この辺りの時間に来るLINEだなんて、仕事の話以外に想像がつかないではないか。 月の光を食い潰してしまった、その小さな光源であるスマートフォン。ちら、っと通知の画面を覗いてみると、案の定、バイトリーダーの男の子からの連絡であった。『お疲れ様です!』という文字だけがロック画面上に浮かび上がっている。いやな予感しかしない。
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