第1章

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早川修には、趣味があった。 彼は、普段は、ふつうのサラリーマンだった。勤めている会社は、小さな会社だけれども古くからつづいていて、その業績も安定していた。彼は、その会社の営業部に勤務していた。人付き合いは得意な方だし、口もうまかったので、彼の営業成績は社内でもなかなかのものだった。 彼は、32歳になるけれど、まだ結婚はしていなかった。 社内では、「真面目な彼が、まだ結婚していないことは極めて意外」だったけれど、「きっと、妻をとって、食わせるのが惜しいに違いない。吝嗇家なのだろう」とか。 「真面目すぎて、恋人ができないのだろう」などという噂が言われていた。 修は、そういう噂を全く気にしていなかった。 同期には結婚している者も多い。中には、もう、子供が3人もいる、などという人もいた。 しかし、彼は、焦りなどは全く感じていなかった。 それは、彼の趣味のせいでもあった。 彼の趣味は、「狩り」をすることだった。ただし、「狩り」といっても、銃をもって、野山に分け入り、キジや鹿を打つことではない。彼は、そんな野暮ったいアウトドアとは遠い雰囲気があった。どちらかというと、部屋で本でも読んでいる方が、似合っていそうだった。だから、彼は、趣味が「狩り」であることは、社内の誰にも言っていなかった。それに、言うことも出来なかった。 なぜなら、彼の「狩り」の対象は、人間だったからである。 彼は、緻密に狩りの相手を厳選し、どうやって「狩ろう」か。ということに思いを巡らせることが得意であった。 また、そういう作業をも、楽しんでいた。 今までに、「狩った」ことがあるのは、7人だった。 一番最初は大学生時代まで遡る。 最初は、訳も分からずに、自分の衝動のままに狩って、処理をしていた。今となって考えると、よくばれなかったものだ…と思う。 数を重ねていくうちに、じわじわと馴れてきていて、今では、彼は自分の「狩り方」にだいぶと自信を持ってきていた。 今、目をつけているのは、いつも昼食時に、会社の仕出しで頼んでいる「蕎麦屋」の従業員だった。最初は、同僚が昼飯に蕎麦を頼んだときに、彼が配達用のアルミケースを片手に持ってきた。初めて彼を見たとき、修はドキリと胸が高鳴った気がした。 彼は、まさしく、修の好みのタイプ、そのものだったからだ。
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