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早朝の松ノ間では普段見ない記者たちが大勢いた。
人間がAIに全敗する日だと、注目しているからだろう。
過去、二戦は負けた。彼にも自分にも負けた。
松井は先に上座に座っていた。
額に汗をにじませつつも、笑顔だ。
かつての放課後のように、プロとの対局を楽しみにしている少年の目はキラキラと俺を見つめる。やれやれと肩をなで下す俺はもういない。プロになる前に指していた頃の俺だ。
和服を引きづり、スッと膝を落とす。
盤上の駒を並べていく。
立会人の一言が掛る。
「時間です。始めて下さい」
「お願いします」
俺は袖をまくり、駒を指先で掴まえ、音を鳴らす。
パチ!
時は経ったけれども、お互いに変わらない。
真剣に向かいあい、考え、自分の分身を動かしていく。
相手に負けたくない気持ちを原動力に、少しづつ駒を動かしていく。
上手くいくこともあれば、失敗することもある。
その度に表情に出て、和やかに時間の経過を共に味わう。
将棋が好きだからこそ、今、この場所にいるのだから。
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