降る時を知り

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 カーステレオのラジオから古い曲が流れている。太一と佐和子がデートの途中、ドライブの途中によくラジオから流れていた曲だった。  太一はハンドルを強く押しつけるようにして、シートに身を叩きつけた。顔を上に向けながらも前を見ようとする目からは大粒の涙が流れている。  先程太一が交差点で見かけた女は、佐和子に本当によく似ていた。もう少し付け加えて言うなら、10年後の彼女は、きっとあの通りに違いない。10年後の彼女があの場所に現れた。太一はそう思ったのだ。  たった一人で年を取って、やつれて、寂しそうにしている彼女のことを思うと、太一は涙が堪えられなくなってしまったのである。  「何で今この曲が流れるのだろう・・・?」  太一はまだ佐和子のことを愛していたのだ。その時彼はそのことを何の抗いもなく受け入れて認めることができた。  今朝、佐和子がつぶやく様に独り言の様に言ったのだ。    「あなたは大切なものを失くしたと思っている?」  「勿論思っているさ・・・。」  太一は佐和子の眼を見ない。  「・・・そう。そんな風には思えないんだけど・・・。」  「何故!!どうして君は・・・、」  「どうして君は、僕がどれだけ君を大切に思っているか分かってくれないんだ?!」  太一は声を荒げたが、佐和子は彼のその態度を全く意に介さない様に言った。  「あなたが私を大切になんて思っていないことぐらいわかっているのよ。」  「あなたが失った大切なものに、あなたは本当に気付いていないのかしら?」  「君は、僕が気付いていながら、何もしようとしなかったと、そう・・・」  「そうね、あなたは、わたしにとって大切な人だったから・・・。」  太一は頭の天辺から足の爪先に向けて全身が痺れていく感覚に襲われて動けなくなってしまったのだった。  そして今朝二人は10年間の結婚生活に終止符を打ったのである。  今日と明日の二日間は、太一は自宅のマンションには戻らない。その間に佐和子は荷物を纏めて引っ越し業者に託した後、列車で故郷の東北の町に帰って行く。東京に戻って来ることは多分無いと言った。
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