降る時を知り

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 車を運転しながら太一は自問自答を繰り返していたのだった。  「僕は彼女を愛していた・・・筈だ。」  「なによりも大切でかけがえのない人だと思っていたのに・・・。」  「一体何故?一体何時から?・・・どうしてこんなことになってしまうんだ?」  太一は、だから彼女のことをまだ愛していることに気付いた時嬉しかったのだ。だから直ぐに素直にその事実を受け入れた。ただ、彼の気持ちが真実であればこそ、その喪失感は大きかった。  結婚してからの彼は独身時代の仕事ぶりに輪をかけてよく働いた。それは佐和子の為だとか、彼が仕事熱心だったからとか、会社に忠誠心が厚いからとか、出世欲が強いとかいう理由ではなかった。  ただ会社の中に自分の居場所を確保しておきたいだけだった。そしてその居場所が少しでも居心地が良ければそれで良かった。その為に人より1時間でも長く仕事をしたし、一つでも多く仕事をこなそうとしたのだった。  太一は、全く仕事人間ではないにも関わらず、その様は、仕事人間、会社人間そのものになってしまっていた。  「僕は一体何の為に仕事をしているんだろう?」  「僕でない僕になって生きていく意味はあるのだろうか?」  いつもそんな疑問を持ちながら働いた。しかし、やがて、嫌々でも自分でない自分になりながら生きていこうとする人間、結局それが本来の自分の姿なんだと思うようになった。そしてその頃から太一の心の中には、佐和子の居場所がなくなってしまったのである。
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