降る時を知り

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 二日間を過ぎて、三日目も過ぎた。太一はどうしても佐和子のいない自宅に帰る気になれないでいた。四日目の仕事を終えて、流石にきょうは帰らなければならないだろうと太一は思っていた。  帰りたくない心情を、帰らねばならない事情が上回ったのである。  太一のマンションは、4階建てで、各階2戸ずつ、それが階段の東西に振り分けられている。合計8戸の、エレベーターも無い小さなマンションである。その2階の西側が彼の自宅である。  今家の中がどうなっているのか想像がつかない。考えようとしても思考が停止してしまって、気が付けば、別のことを考えてしまっているのだった。  付属の駐車場は無く、月極めの駐車場は、マンションからは500メートル程離れていて、ゆっくり歩けば10分近くかかってしまう。太一は途中何度も自宅のあるマンションとは反対の方向にある駅に行こうかと思った。どこかで適当に夕食をすませて、風呂に入って、カプセルホテルにでも潜り込んでしまおう。そんな気持ちを抑えつけるようにしながら、ようやくマンションが見える辻まで帰ってきたのだった。  その時だった。突然、太一は走り出した。必死だった。必死と言うよりも無我夢中、一心不乱、全く何も考えられない。とにかく思い切り速く走った。  マンションの玄関ドアの鍵は掛っていた。鞄を開けようとする手が震える。慌てると何時もある筈のところにある物さえ見当たらなくなってしまう。鞄の中で鞄の中身をひっくり返して、ようやくキーホルダーが手に触れた。しかし、鍵が鍵穴に入らない。カチカチカチカチ、ドアノブの前で鍵が音をたてている。  やっとのことで鍵を開けて、ドアを開けて、太一は家に飛び込んだ。  
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